ミニチュアアートを、ネット上で頻繁に目にしますが、
多くのケースでは、このように、
とても太い芯の鉛筆を使っています。
何も知らずに写真を見ると、
普通の鉛筆の芯を彫刻しているのかと思って驚いてしまいますが、
芯にも色々な種類があるので、
恐らく削りやすい素材、削りにくい素材もあると思います。
一体、どんな芯が彫刻に適しているんでしょうか(破損しにくく、削りやすいのが良いですね)?
試した事がないので定かではありませんが、粒子の細かさや硬さからすると、HBあたりが最適じゃないかと思ってみたり。
そもそも、こういったミニチュア彫刻用の鉛筆が、売られているのかも知れませんね。
「龍芯」と書いてなぜ「ローンソン」と発音するのか、
中国の発音なら「ロンシン」でしょ? と思ったのですが、
よく考えたら「龍芯」はあくまでも中国漢字での表記であって、
「ローンソン」はあくまでも英語表記した場合の呼び名だと気がつきました。
それにしても、「龍芯」とはいかにも中国らしく、神々しいネーミングですね。
目を離せば、昇り龍のごとく勢いを増してゆきそうです。
神々しいネーミングと言えば、「Windows」の事を思い出しました。
ビルゲイツさんが作った「Windows」は、なぜ「Windows」と名付けられたのでしょうか?
実はビルゲイツさん、カトリック教徒です。
かつて、西欧で描かれる「窓」の絵は、キリスト教における神様の偶像を、暗に意味していました。
つまり「窓(Windows)」は「神様の御姿」です。
また、そうした偶像のことを古くは「イコン」と呼んでいました。
そう、これがすなわち「アイコン(icon)」です。
ビルゲイツさんの渾身の想いが伝わってきますね。
きっとWindowsを雑に扱うと、バチが当たりますよ。お気をつけあれ...。
写真は、ネット通販3社へ同時に印刷を依頼し、しあがっ
用紙の種類も同じで、すべてオフセット印刷です。
しかし、
3社とも濃度と色味が違うことが、お分かりいただけると
これくらいのブレは、マシな方なので、あらかじめ承知し
同じ印刷所へ繰り返し同じ印刷を依頼しても、
1回目の印刷と、2回目、3回目とで、色は ぶれます。
陰陽思想に基づいた祭壇
『天壇(てんだん)』に挑む中国の職人
※冒頭に1分間ほどCMが入ります。
とは、中国の明代以降、天を祭る儀式を行うために建造された、
円形の壇の総称。古来儒家では、天命によって天子のみが天を祭ることができるとされていた。
日本国憲法改正草案の、増補版。
http://constitution.jimin.jp/faq/
1割の決定的な嘘をつく必要がある時、
その1割の非現実性を見抜かれないようにするために、9割の現実的な情報をあえて公開する、という事がある。
その結果、
けっきょく私達は何を信じればいいのか?
…というよりも、
けっきょく何に騙されたら最も幸せに生きられるのか?
という話にいきつく。
宗教の教えもそうだが、物事の真理を突きながらも必ず何割かファンタジーをまぜている、
だからこそ幸せな気持ちで信仰でき、幸せに死ねる。
行いが良ければ生まれ変われるとか、神様に祈れば結果が好転するなどというのは、自己暗示の効果などを考えれば100%嘘とは言い切れないし未来では科学的に証明されるかも知れないが、少なくとも現在のところは、ファンタジーの最たるものだろう。
しかしこれらはあくまでも、
人々が幸せに生き、幸せに死ぬために存在している崇高なファンタジーなのであって、
決して否定すべきものではない。
ところが、崇高なファンタジーは、悪用される事も多い。
信仰と詐欺とは、常に紙一重だという事を頭の片隅においておき、もしも悪用に気付いたならば、避けて通る必要がある。
いかに立派な人や、立派な宗教と出会っても、
「信仰はしても、洗脳はされるな。」
というのが基本だ。
何かを狂信するあまり、それを全肯定する、あるいは、全肯定したいと強く感じるならば、自分は既に洗脳されていると疑うべきである。
そもそもこの世に、全肯定できる物事は、生物、静物を問わず存在しないのではないか?
今までのところ、完璧でない事こそが、現実である。
世界中の数学者や科学者、化学者たちは、しばしば “完璧な何か” を追い求める。
そしていまだに、その “何か”を発見できずにいるようだ。
]]>検査を続け、今日のCTスキャンで最後でした。
けっきょく卵巣の肥大も、癌の兆候等も認められず、健康体でした。
写真をいろいろアップします。
基礎知識を得るという意味では、有意義な試験です。
やる気さえあれば内容も簡単なので、毎年かなりの数の学生がこれを受験しています。
しかし、
色彩検定で取り扱われている情報は
あくまでも基礎知識です。
実践では案外と使えない部分があります。
例えば、
理論上、良いとされている基本的な配色パターン、
これは何通りも存在しますが、
これを真に受けて、
ただ理論的に配色を決めようものなら、
いかんともしがたい、ださい配色になる事があります。
ですが、
もともと色勘がにぶい人の場合は、
どうしても配色の理論にはまってしまい、
「これが正しいはずだ」と思い込んで、一向に抜け出せません。
色彩検定、
役に立つ資格かそうでないか、もし問われたらば、
「知識として知っておくべき内容ではあるが、
保有者の実務能力を測れるものではない。」
となります。
そろそろ、気付かなければなりません。
このマークが、もう使えないという事に。
黒 電 話。
かつてデザイナー達は、
電話番号の前に、好んでこのマークを付けたものでした。
現代の若者の中で、
この形状の電話を見た事がある人間が、
はたして何パーセントでいるしょうか。
時代の変化は、文化の変化、そして、常識の変化ですね。
この1年、メールでは、
文末ではなく文頭に差出人情報を書く人が急増した。
そのおかげで、多忙な中メールを大量に開いても、
最初の一目で、確実に差出人を認知できるようになった。
事前に登録していないアドレスから
重要な知らせを受信する事も当たり前になり、
メールの量は増えるばかり。
したがって、
冒頭に差出人を明記する人が増えた事は、必然だったと思う。
また、気が付けば、
リスト情報などはフォトリーディングをしている。
つまり読むというよりは眺めている。
そうでもしないと、ラチがあかない。
この読み方は、無意識に行っている人が多い。
試しに、中学生くらいを対象にした本を、ペラペラめくってみれば良い。
ページを眺めただけで内容が頭に入ってきたら、
普段から、無意識にそういう読み方をしている。
逆に言えば、
もう、一目で理解できるような簡潔なレイアウトをしなければ、
情報として受け付けてもらえなくなってきている、という事で。
先日、楽天のショッピングサイトのことを、
情報だらけで読みづらく、大嫌いだと言う人がいた。
確かに、あのゴチャゴチャ感は、これから先は厳しいだけのように思う。
同様に、最近
これはもうダメだと思ったのは、
携帯の料金プランを案内するパンフレット。
ただでさえ、ややこしいプランが、
あいかわらず大量の文字や小さな図にまみれ、
余計にややこしくなっている。
読もうとしただけでストレスを感じるレベルだ。
いかがなものか・・・・